エピソード [ レッド・バイオリン(赤いヴァイオリン) ]

by Donald K.Aoki






































-- プロローグ --
ある日、私は社長のジャック.L.ウェストハイマーからC・G・コーンの本社へいって クレイム処理をしてくるように命じられた。
それは後にコーン社の担当で私の親友でもあるマイク・デニスンが責任を取って辞任し、 私自身も引責辞任せざるを得なかった気の重い仕事だった。
本来管楽器で有名なコーン社に私の設計したエレキ・ギターを売り込んだのはよかったが、 日本のメーカーのK・S社から送られてきた2400本のギターのうち1800本が乾燥不良のため、 ネックが曲がり弦と指板がくっついてしまっていた。テンションロッドの調整、高い枕に交換しても 誤魔化しようがなかった。K・S社の社長下條氏は最初の頃こそクレイムに対応しようとしていたが、 その損害が莫大になることに気づくと最早、私の度重なる国際電話にも出ようとしなくなった。
そのときは取りあえずの取り決めをし、別れるときにマイクが丁度玄関ホールに入ってきた紳士を紹介してくれた。
アルバート・ロスというかなり有名なバイオリンメーカーの社長の息子ということだった。
本人はルーサー(バイオリン職人)だと自己紹介したが、なかなかどうして立派なビジネスマンに見えた。
私も楽器の設計者であったのでその場で意気投合し、近日中に彼の工房へ訪問することになった。


-- モンタナにて --
ある冬に近い日、私はモンタナにあるアルバートの工房を訪れた。
それは工房というよりも森林の中の急流のそばに立つ巨大な製材工場の観を呈していた。
セスナーから降り立った私をアルバートはピックアップで迎えに来てくれていた。
私は早速工場施設を案内してもらった。
貯木場。
材料のスプルース、メープルはほとんどカナダのアルバータ州から木材のまま輸入される。
それを流水のなかで1年ほど放置する。
そうすると細胞の中の樹液と水が置換され、細胞膜が太っているまま枯化する。つまり樹脂が固まる。
この流水放置をしないまま自然乾燥させようとすると細胞の中に樹液が残り乾燥できない。また樹液を微生物が 腐敗させる。部分的に乾燥するから細胞が萎びて木材の割裂がおきる。どんなに人工乾燥を行っても同じである。
一年ほど流水放置して陸に揚げると細胞内の水はすぐ抜け木材内部の含水率もすぐに10%を切る。
細胞膜は形を保ったまま硬化しているから反りが出てこない。
新幹線の車窓から見える静岡県近辺の貯木池はいくら散水しても意味がない。溜まり水では腐敗の方が早い。
原材料乾燥庫
これを部材に応じて輪切りにし、縦に鉈で8分割する。これを巨大な原材料乾燥庫にいれ10年近く自然乾燥する。

作業場
作業場では工人が各パーツに粗取りして、また3ヶ月くらい工場内に放置する。
それから少し削っては放置し、少し削っては放置することを繰り返す。
これを1年くらいやると狂いの無いパーツが出来あがるのでいよいよ職人の手に掛かりバイオリンに仕上げられていく。


私はこの時点で退社帰国を決意していた。親友のマイクはコーン社をクビになっていた。設計者でウェストハイマー社の 技術担当役員をしていた私が残るわけにはいかなかった。
そこでこのアルバートにバイオリンのプロトタイプを作ってもらいOEMで韓国あるいは中国で量産してもらおうと計画 していた。
私には1つのアイデアがあった。それはギターの世界ではカーマン社が特許を持っている放物線状のボディをもった バイオリンだった。バイオリン胎内の振動がすべて左右のFホールを焦点として通り抜ける構想だ。 ただしFRPのボディは型代も掛かるしパーツの互換性も無いことからボディ形状の一部、ただし 最大の効果を得られる部分を16枚の図面に落としその形状に削ってもらうこととした。アルバートは快く引き受けてくれた。

-- 帰国後 --
ウエストハイマー社を退社後かねてより量産指導を頼まれていたシカゴのディーン社とカリフォルニアのマイティ・マイト社を 回って落ち着き先の実家に戻ったときそれは先に着いていた。
しかしそれは白木のままだった。アルバートはアメリカの自称自作マニアがやるように塗装は私が自分でやると思ったらしかった。

とりあえず私は持ち合わせのパーツを取り付けて早速弾いてみた。
それは控えめでやや局部的にバランスを欠いているように感じた。
しかしそれには底力を秘めている何かがあった。
バイオリンのプロトタイプ製作の終わりにいつもやるように古巣の音響研究室にそれを持ち込んだ。
人工的に経年変化を起こさせて短時間に300年弾かれたバイオリンと同じような状態にするためだ。
実際には樹脂の固化は人工的には難しいから、絡みついた糊を振動で剥離し、細胞を振動しやすくするのが目的だ。
バイオリンの各部に振動子を取り付けプログラマブルに振動させる。
強くてもいけない、弱くてもいけない。1サイクルが長いと熱を持つ。バイオリンの持ついくつかの共振点を避けできるだけ 平坦に振動するよう加振機をプログラムする。量産型のバイオリンに必要なノウハウを私は持っている。
これをやらないと非常にバランスの悪いバイオリンができてしまう。
※過日IMV(旧国際機械振動)の岡本社長にこのことを話したら大変興味を持って頂いた。
卒研の後輩に課題をあたえて作業を肩代りしてもらった。曰く「バイオリンの人工経年変化(アーティフィシャル・エイジング)について」。
幾度かの試行錯誤の後、3ヶ月後プロトタイプバイオリンEX−117は出来上がった。
元々アルバートの木工技術の良さもあってウルフトーンもデッドスポットも最小限におさえられてバランスのいいバイオリンになっていた。


-- 川井 郁子ディナーコンサート --
3月9日高松全日空ホテルクレメント「飛天の間」で川井 郁子ディナーコンサートが行われた。
職業的好奇心をもって出かけたがあまり期待はしていなかった。
彼女はたまたま私の故郷の隣町出身らしかった。印象としてはタレント性を持ったバイオリニストといった感じだった、演奏が始まるまでは・・・。
後にそういう先入観をもって彼女を見ていたことを非常に恥ずかしく思うようになる。
コンサートは彼女が作曲した「オーロラ」から始まった。
静かな北欧の夜空、その暗闇が突然光の帯に彩られた。
オーロラだ。静かな揺れが光の流れをつくりそれらが飛び交う。
やがて元の闇に戻る。
私には自分がオーロラの下に立っているほどの臨場感があった。
次にお馴染みの「ジュピター」ほか数曲。
共通して魂を翻弄させる「うねり」があった。
大風のうねり、西域の砂嵐のうねり、草原のそよ風、そして大波、さざ波。
私はもはやコンサート会場にいるのさえ忘れていた。

そしてプログラム中盤の「インスティンクト・ラプソディ」。
暗い中にラテン風の軽快なパーカッションが響き渡る。
やがて不思議なメロディのバイオリンがそれに和した。
激しいリズムとメロディ。曲想が変わり、
暗いステージに赤い光線が射した。
弓が激しく踊っている。
ああ、バイオリンが赤くなっている。
赤い炎をあげて燃えている。
ステージには炎を上げて激しく燃えるバイオリンしか見えない。
ステージに幾筋かの光線が射した。
そこには一心不乱にバイオリンを演奏する川井さんの姿がみえた。
やがて音がやんで舞台が明るくなった。
あの燃えるバイオリンは川井さんの情熱だったのか?
それからまたお馴染みの曲が続き私の気分もだんだん落ち着いてきた。

そしてプログラム最後の曲は奇しくも「レッド・ヴァイオリン」。
何という哀しさに充ちた曲だろう。
戦いに敗れ瀕死の重傷を負って帰ってきた兵士。
それを何とか元気付けようとする優しく気高い妻。
今はもう心安らかに息を引き取ろうとする男。
私の心はブルブル震えていた。
私の赤い血を感じさせてくれた。
哀しいが何か癒してくれる演奏だった。
これほどの感動を与えてくれたバイオリニストをアーティストと呼ばずになんといえばいいのだろう。
立ち去りがたい想いで会場から外に出るとホールでCDを売っていた。
サインをしてくれるらしい。
ほぼ最後尾についてサインを待った。
いよいよ私の番。
「感動しました。」とっさにでた言葉だった。
一呼吸おいて彼女はいった「ありがとうございます。」
聞き取れないくらいの小さな声だったがそう聞こえた。



-- そして --
そしてプロトタイプバイオリンEX−117のカラーは決まっていた。
あの情熱の色は「龍血=ドラゴン・レッド」*しかない。
    「龍血=ドラゴン・レッド(ブラッド)」*
  • 龍血とは中国原産の染料。深い赤をだせる。
  • ドラゴン・レッドとは古いヨーロッパの伝説によると龍を倒した騎士の鎧にその返り血がかかった。以来どのような武器をもってしてもその鎧に傷ひとつつけることができなくなったという。その伝説の血の色。あなたを守る色。
私は素材を壊さないよう、ごく薄くローズシーラーを二回塗り、 トノコに「ドラゴン・レッド」を混ぜたものを着色兼目止めとした。
この後はサンディングをかけないで微妙なRのついたスクレイパーで表面を削り取った。 サンディングをしないのは木目がつぶれることと、木目の柔らかい部分が掘れて表面が波打ってしまうからだ。
後はサンディングシーラーを2回かけてサンディングを行い、クレモナのセオリー通りにニスをかけた。

二週間後私はその赤いヴァイオリンを弾いてみた。
そっと弓を落とすと密やかにささやいた。
弾き始めると音は控えめながら全体のバランスは良い。ポテンシャルは高い。
気を良くした私はあのコンサートで川井さんがアンコール曲として弾いた「浜辺の歌」を弾いてみた。
それは低い音、高い音、強い音、弱い音に敏感に反応し、しかも力強かった。
一日弾いていても飽きなかった。

私はそのバイオリンを抱えてOEMメーカーの麻田優華さんに私の思いを伝え最初は普及モデルとしての仕様を考えてもらった。
麻田さんは「ヨコモジは不得意だが中国語は・・・」という超現代っ子女性営業戦士である。

ボディは表はスプルース単板、裏、サイド、ネックは共にメイプル単板。
赤いボディに合う様にペグ、指板、顎当ては黒檀、テールピースは4アジャスターメタル、弓はP&H社(英国ロンドン)製グラスファイバー弓、 その他普及モデルとしてはかなり贅沢な小物をセットしてくれた。
製作は麻田さんの会社が永年かけて育ててきた中国の工場に依頼した。


EX−117の普及モデルVS−35RDは2005年4月1日第一陣が入荷してきた。


追補
ところで本日(5月8日)「ザ・レッド・バイオリン」をビデオで見ました。
これは私の「レッド・ヴァイオリン」と想いが「違うんだ!」と感じました。





VS-0
17,220円(税・送料込み)




HAV-GU3
ヘンシェン・ガルネリ
289,800円(税・送料込み)



エピソード [ レッド・バイオリン(赤いヴァイオリン) ] は一部フィクションです。



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